日米文化比較的発言:インターネットムーブメントと地域コミュニティの関連性について。

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ええと。

前回のエントリでは、「WEBがつまらなくなっている?」ということで、ネットのコミュニティについて話をした。

このコミュニティに関して、もう少し掘り下げて考えてみたい。

私は高校時代の約半分をアメリカで過ごした。

大学留学をするのと違って高校生でのアメリカ留学は完全にあちらの地域社会に入りこむことになる。(なんせ親・ホストの保護下にいないと生きていけないお年頃ですから。)

そこで見たアメリカ。

いくつか特徴はあるが、特に日本とは全然違うなぁと思ったことに、「コミュニティ意識」がある。

もう少し分かりやすく言えば、「そこの土地の人たちがそこの土地の人たち同士で定期的に集まる機会」が日本よりも圧倒的に多いのだ。

最も典型的でほとんどの人がかかわるのが教会。
毎週日曜日、プラス熱心な人は水曜午後にもいく。

毎週同じメンバーと顔を合わせる。

そんな場所がある。

私のいた街は「ド」がつく田舎町だったこともあり、人との交流は確実に都市部よりも密だったのかもしれない。

しかし密なのだが日本のような閉鎖的な閉塞感、圧迫感のあるコミュニティ感覚とは少し違う。
そこはあくまで個人主義が発達したアメリカ。

私は私、あなたはあなたという意識がちゃんと根底にはある。

*とはいえ、あまりアメリカの田舎はリベラルではないので、表面的にアヴァンギャルドな人たちやファンキーすぎる人はやはり浮く。大半の人間は保守的なものだ。

だから、アメリカではネットで提示されている価値観や問題意識を実際の地域コミュニティの論壇に翻訳して、落としこまれることが多々ある。実際にネットで問題視されたことが、地域コミュニティを通じてムーブメント化(運動化)されたりすることはよくある。

人権保護、宗教的な何か、呼びかけ、扇動、いろいろなネット上の叫びがちゃんと、何らかの形で社会に投影されて形となって結ぶ。

さすがネット。
そうでなくちゃね。

そう言いたいが、これを日本におきかけて考えてみるとどうだろう。
日本では、ネットでどれだけ問題視されて盛り上がっても、ネットだけで終わる。

実際のムーブメントへと昇華していかないのだ。

いや、「していかない」のではなく、していく場所がないのかもしれない。

コミュニティがないからだ。だからネット上の叫びはリアルとの接続点が持てず、そのままバーチャル世界の中の「他人事」として消えていく・・・

ここで私は、いきなり「日本はコミュニティがない」というプリフレーム(前提)のもと話を始めてしまっているが、実は日本の都市部にもコミュニティは存在する。

*人間が集まるところにコミュニティが存在しない国はない。社会学的にも当然の事実だ。

私が言ったのは「地域コミュニティ」、すなわちその地場に根付く人々の連携感が希薄だということ。

日本の都市部では、地域コミュニティ感はほぼ皆無だろう。
商店街の集まり程度ではないだろうか。

それはひとつには、多くの人が地方から集まってくるという東京の都市形成的な問題(多くの場合諸外国でも首都圏は似たような感じでしょう)もあるだろう。

そして今田舎の地域コミュニティも崩壊しかかっている。
田舎から大志を持って上京した人間が夢破れ、田舎に帰っても受け入れる地域コミュニティがない。

これがネットカフェ難民が生まれている一端のような気がしている。
あくまで私の持論だが。

東京には、たとえば大学では稲門会というような形で、出身地別の世代縦横コミュニティがあったりする。が、状況して失敗して戻った後のコミュニティがないのだ。

隔離される。
ポシャッたら行き場を失う。
そしてネットカフェ難民になる。

昔なら実家に帰ったらなんらかで地域のつてで働くというのは「アリ」だったろうが、
今は地方の経済も厳しい。

そして東京で夢破れた人間は、本人自身もその事実を許容したくないから田舎に戻らない。
代わりに、ネットカフェで生活する。

*裏を返せば「ネットカフェ」という新しいある種のコミュニティが誕生したとも言えなくないかも。

日本ではビジネス単位のコミュニティが盛んだ。
複数のコミュニティが存在する。

しかし、ビジネスコミュニティは落ちこぼれに対しては寛容ではない。
意図せずとも、本人から居心地の悪さを感じ、あぶれる。

・・・あぶれる人が多すぎる。

ビジネスコミュニティの価値観と論理では、あぶれる人は敗者だ。
資本主義において負け組は、勝ち組とは相いれない。
厳しいようだが真実の論理である。

本当はどこか別のコミュニティを探せばいいのだけど、部活とかクラスメイトとか与えられたコミュニティでずっとのらりくらりとやってきたやつは別のコミュミニティにさっくり移るという発想も、ノウハウもない。

だから都市部では「おれはおれで。」的な個人主義思想がないと、鬱になる。
さみしくなる。許容されない感でうつろになる。

そういう人たちの多くが、ネット上のコミュニティを求めた。
前回のエントリで勝いた「自己肯定感」、「認知」を求めて発言するmixiユーザーたちが大量発生する、というわけだ。


少し徒然に書きすぎた感があるが、私のコミュニティ×ネットメディア論ということで頭の片隅に置いておいていただければ幸いだ。

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